【創作児童文学】ひまわりの女の子

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 ひまわりの女の子

いまむらみな 

 

 じゅんくんは夏の間、おばあちゃんの家で過ごします。おばあちゃんの住んでいる村は、たくさんの色をした花がいっぱい咲いています。じゅんくんはおばあちゃんの村がだいすきです。

 ある日、じゅんくんはひまわり畑を探検していました。ひまわりはじゅんくんの背ほどもあって、迷路のように咲いています。じゅんくんはお花がだいすきです。中でもひまわりはとびきり好きな花でした。

「こんにちは」

ひまわりの影からひょこりと、女の子が現れました。じゅんくんはびっくりしました。おばあちゃんの村で、こどもに会うのははじめてだったのです。

「ひまわりが好きなの?」

女の子の声は、おばあちゃんの家にある風鈴のようでした。

「好きじゃない」

じゅんくんはうそをつきました。お花が好きな男の子なんてかっこわるいと妹のまりちゃんが言っていたからです。

「あなたは女の子?それとも男の子?」

女の子はたずねます。じゅんくんは短い髪をしていて、いつも青い服に半ズボンをはいていますから、そんなことを聞かれたのははじめてでした。

「それとも、どちらでもないかしら。どちらでもあるのかしら」

じゅんくんは、女の子の言っていることがわからなかったので、

「ぼくはじゅん。男の子だと思う」

とこたえました。

「あなたは、じゅんなのね」

そう言って、女の子はどこかへ行ってしまいました。

 

 次の日も、じゅんくんはひまわり畑に行くことにしました。女の子は今日もそこにいました。

「じゅん、何か話して」

と、女の子が言いました。じゅんくんは何を話そうかじっくり考えました。

「ぼくは夏の間だけおばあちゃんのうちに来るんだ。お母さんと、妹のまりちゃんは来ない。ぼくひとりでくるんだ」

女の子は、じっと聞いています。話していて、じゅんくんは悲しくなってきました。

「お父さんはいないよ。ぼくがうんと小さいころ、いなくなっちゃったんだ」

「わたしにはお父さんもお母さんもいないわよ」

女の子は、じゅんくんの話をさえぎって、なんでもないという風にいいました。

「そうなの?ごめんね」

じゅんくんはとっさにあやまります。

「なぜあやまるの?」

と女の子はたずねました。

なぜだろう、とじゅんくんは思いました。

「ぼくにお父さんがいないと言ったら、みんなあやまるから」

「それは、とっても変だわ」

女の子は言いました。

「さかなは卵から産まれたとき、お父さんもお母さんもいないのよ」

そう言って、女の子はどこかへ行ってしまいました。

じゅんくんはふしぎと心が軽くなったようなきもちでした。

 

次の日もじゅんくんはひまわり畑に行きました。

「じゅん、何か話して」

今日も、ひまわりの影に、女の子はいました。じゅんくんは、さかなの話を思い出して、

「ぼくは泳げないんだ」

とうちあけました。

「この村をずっと歩いていくと、海があるんだよ。昔、おばあちゃんが連れていってくれた」

じゅんくんは、そのときのことを思い出して悲しくなりました。

「でも、ぼくが泳げないから、おばあちゃんはがっかりしてた。それから、連れていってくれなくなったよ」

「わたしも泳げないわよ」

女の子はなんでもないという風に言いました。

「泳ごうと思ったこともないわ」

「でも学校では、プールがあるでしょう」

女の子は首をかしげます。

「じゅんは、地球がすき?」

そんなことを聞かれて、じゅんくんはびっくりしました。地球のことを、すきか嫌いかなんて考えたことはありません。

「わからないよ」

じゅんくんは正直に答えました。女の子はくすくす笑いました。女の子が笑うところをじゅんくんははじめて見ました。

「海がない星はたくさんあるのよ」

そう言って、女の子はどこかへ行ってしまいました。

じゅんくんが星を探して上を見ると、空は青く広がっていて、海のようでした。星は見えませんでしたが、じゅんくんはふしぎとすっきりしたきもちでした。

 

次の日ももちろん、女の子はひまわり畑にいました。そしてもちろん、

「じゅん、何か話して」

と言いました。じゅんくんはもう話すことを決めていました。悲しいことは、女の子に話すといいのです。

「学校で、みんなぼくをからかうよ」

女の子はまんまるい目でじゅんくんを見ています。

「ぼくはがりがりに痩せているちびだし、すぐ泣くから、みんな弱虫だと思っているんだ」

女の子がなんと言ってくれるだろう、とじゅんくんは期待しました。わたしも弱虫よ、と言ってくれるかもしれません。

「わたしは、泣いたことがないわ」

期待はずれで、じゅんくんはがっかりしました。

「肉が燃えたら、骨だけになるのよ」

じゅんくんには、女の子の言っていることがよくわかりませんでした。

「骨をこわいと思う?」

じゅんくんは、学校の理科室の奥にいる、ガイコツを思い浮かべました。背中がぶるっとしました。

「こわくないよ」

じゅんくんはうそをつきました。女の子が泣かないといったので、自分だけかっこわるい思いをしたくなかったのです。

「泣いても、泣かなくても、骨なのよ」

そう言って、女の子は行ってしまいました。じゅんくんは、自分はからかわれているんだ、と思いました。今日は、話をする前よりずっと、悲しくなってしまいました。

 

次の日、じゅんくんがひまわり畑に行くと、女の子がいませんでした。

じゅんくんは、迷路のようなひまわり畑を探しました。はやく、何か話して、と言ってほしかったのです。

あちこち見て回っても、女の子はいません。じゅんくんはひまわりのことを、歩きにくくてじゃまだと思いました。

「ねぇ、どこにいるの?」

じゅんくんは、女の子の名前を知らないことに気がつきました。いくつなのかも、どこの家に住んでいるのかも、何も知りません。

探しているうちに、じゅんくんはだんだん腹が立ってきました。何も言わずにいなくなるなんて、勝手な女の子だと思いました。

とうとう日が暮れてきたので、じゅんくんはおばあちゃんの家に帰りました。そしてその日は、腹を立てたまま眠りました。

 

次の日、じゅんくんがひまわり畑に行くと、女の子はそこにいました。

「じゅん、何か話して」

なんにもなかったようにしているので、じゅんくんは怒って言いました。

「昨日、たくさん探したんだよ。来ないなら、なんでそういわないの?」

女の子はすずしい顔をしています。

「会うという約束をしたかしら」

約束はしていない、とじゅんくんは思いました。それでも、まだまだ腹が立っています。

「毎日会っていたのに、勝手だよ」

じゅんくんは、女の子にあやまってほしかったのです。

「それより、何か話して」

女の子がなんでもないという風にしているので、じゅんくんはますます怒って言いました。

「いやだ!」

女の子は、悲しそうな顔をしました。

じゅんくんは、してやったりと思いました。とてもいじわるなきもちでした。

「今日は、きみの話をしてよ」

何も知らないことを思い出して、じゅんくんは聞きました。

女の子は、

「話す必要がないわ」

と言いました。じゅんくんはもうどうしようもなく腹が立って、

「きみのことなんてだいきらい」

と言って、ふり向きもせずおばあちゃんの家に帰りました。こんなに怒っているのに、じゅんくんの胸はくるしいのでした。

 

次の日、じゅんくんはひまわり畑に行きませんでした。

おばあちゃんの家で、まどをあけて風鈴をならしました。じゅんくんは、女の子のことを考えていました。女の子は今日もひまわり畑にいるだろうか、と考えました。ひまわり畑で、じゅんくんのことを探していたら、そんなにうれしいことはない、と思いました。女の子が、じゅんくんがいなくなって悲しんでいたらいいな、と思いました。それはとてもいじわるでさびしいきもちなのでした。

 

次の日、じゅんくんはひまわり畑に行くことにしました。女の子はそこにいました。女の子が、なにかいう前にじゅんくんが言いました。

「昨日もここへ来たの?」

「ええ」

女の子はうなずきました。

「それじゃあ、ぼくのことを探した?」

「いいえ」

女の子は首をふりました。そして女の子は、

「どうして?」

と首をかしげるのでした。じゅんくんは、自分がどんなきもちでいるのか、わかりませんでした。腹が立つようにも、悲しいようにも、さびしいようにも感じました。そして、女の子はじゅんくんのことがきらいなんだと、そう思いました。

「きみは、ぼくのことがきらいなの?」

女の子はもう一度、首をかしげました。

「いいえ。じゅんがきらいなんでしょう」

じゅんくんは、おととい、女の子にだいきらいと言ってしまったことを、ようやく思い出しました。

「きらいなんて言って、ごめんね」

「なぜあやまるの?」

と女の子はたずねました。じゅんくんは、なんでそんなあたりまえのことをきくのだろう、と思いました。

「ひどいことを言ったからだよ」

「なにがひどいの?」

女の子はなんでもないという風に言いました。

「じゅんが、わたしのことをきらいでも、わたしには関係ないわ」

じゅんくんには、わけがわかりませんでした。やっぱり女の子は、じゅんくんのことがきらいなんだろうと思いました。

「きみは、ぼくのことがきらいなんだ」

くやしいきもちでした。じゅんくんは、女の子のことがとても好きだったからです。

「いいえ。じゅんが、じゅんのことをきらいなのよ」

そう言って、女の子が歩き出したので、行ってしまうのだとじゅんくんは思いました。女の子はしかし、立ち止まりました。

「うそをついたらどうなるかしら」

じゅんくんは、うそをつくとえんまさまに舌を抜かれるよ、とおばあちゃんに聞いたことがありました。

「えんまさまに舌を抜かれるんだよ」

じゅんくんは言いました。うそはどろぼうのはじまり、とお母さんが言っていたのも思い出しました。

「あと、どろぼうのはじまりだよ」

女の子は、ふり向いて、

「じゅんは、ひまわりが好きなの?」

そう言いました。そして、じゅんくんが答える前に、どこかへ行ってしまいました。

 

じゅんくんは、その日から一度も、女の子のすがたを見ていません。

 

時が立ち、じゅんくんは学校を卒業しました。とっくに、おばあちゃんの家にいくこともなくなりました。おとなになったからです。

じゅんくんはひまわりを見ると、女の子のことを思い出します。じゅんくんはおとなになってもお花がだいすきな男の子で、中でもひまわりはとびきり好きな花なのでした。じゅんくんはもう、うそをつくことはありませんでした。

 

めでたしめでたし。おしまい。